民族は本質的に民族範疇として存在すると考えられるが

これは民族自身による自覚か、あるいは、他集団による認識が契機となるものと考えられる。

しかし、民族というものが現実に活性化し、具体的に意味をもちうるのは、直接的にせよ、間接的にせよ、外部とのなんらかの関係を通じて、民族自身が自己の存在(の特殊性)、あるいは、いわば民族意識と一般によばれるものを自覚したときであることはいうまでもない。

このような民族の自らの認識とそれに依拠した象徴的行為の体系が一般にエスニシティ(ethnicity)とよばれる現象である。民族の境界設定に用いられる指標は、社会生活全般に及ぶこともあれば、社会生活の特定分野に限定される場合もある。

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